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人間の恨み




いやあ、最近わかったのだが、つまり、運というのは、プラスとマイナスになっているのである。

その人間そのものの考え方がプラスということが一番重要だが、それ以外にも他人からの念というものも重要だ。

まあ、死人の念はめんどくさいのでこの際、省くが、たとえばその人間の考え方がプラス5だとして、他人からの念がマイナス10だと、結局マイナス5の人生になってしまう。

プラスの念というのは、愛情や感謝の念などである。

マイナスの念というのは、いわゆる、恨み、ねたみ、ひがみ、そねみといった怨念のタグイである。

これは自分の念でも他人の念でも同じである。

愛情というのはこれがどうして、家族から受けるのもけっこう難しいのである。

たとえば、親子なんてのは、言うことを聞かない子供に腹をたてて恨み、うるさい親を恨み、おたがい地獄の様相である。

夫婦になるとこれに嫉妬もはいるので、恨みつらみでてんやわんやである。

よほど変わった家族でないかぎり、みんなでマイナスの念をがんがん送りあっているのである。

これでは人生は好転するわけもなく90%の人生はありゃりゃなのである。

感謝の念になると、もうこれは受けるのがほとんど不可能に近い。

本気で感謝されることを目標に人生を送ってる人間なんかいないのである。

宗教家は口をそろえて、「いいことをしなさい」というのはこのへんのことなのであるが、肝心の宗教家そのものが、いいことイコールお布施ということで、金儲けに走ってしまうのでわやくちゃになっているのであります。

ものすごく丹田があって、プラス100の人間だったりすると、他人からものすごく恨まれたり、ねたまれたりしてマイナス50の念が来ても、結局プラス50の人生なので極楽人生である。

昔火災を起こして30人ぐらいの死亡者を出した、某ホテルニューなんとかのヨコイさんと言う人は借りた金は絶対に返さない、商売に原価はかけない、従業員には給料をできるだけ払わない、ホテルの火災で殺した客の保証はできるだけしないというすばらしい生き方をつらぬいて日本中の人の恨みつらみを一身に受けていたが、ぜんぜん平気で80歳近くまで元気で大金もちで妾を何人も持って豪快な人生を送ったのである。

人間はかくありたいが、だれでもこんな丹田を持ち合わせているわけではないので、ショーがない人生をとぼとぼ送るのである。

それでは、しょぼい能無し丹田なしの一般人はどうするか?

これには、簡単にいうと、人から感謝される人生を選択すればいいわけである。

たとえば、孤児のめんどうをみて、学校を出してやったりすると、その子供から感謝されて、プラスの念がくるのである。

それが、何人にもなるとその分プラスの念がくるのでどんどんプラスになるのである。

マザーテレサも本人の性格は別にして、ものすごく大勢のめんどうをみたのでどんどんプラスになって豪快な人生だったのである。

ところが、うちの家系はぜんぜん丹田がなくて、ものすごくマイナスな考えで、自分のことにしか興味がなくて、人のめんどうをみるのがものすごくいやな性格なのでどんどんマイナスになって、ものすごくしょぼい人生なのである。

それがわかっているなら、深く反省して、人生観を変えて、人のための人生に変えればいいじゃないか、とゆーご意見もあろうと思いますが、

「やなこった」

なのである。

人のために短い人生の時間を割いたり、労力を使うなんて、とんでもないことで、まっぴらごめんなのである。


「情けは人のためならず」

ということわざはものすごく真理なのであるが、

「わかっちゃいるけどやめられない」

というのも真理なのである。



2004/8/15